「雪合戦」
[修→乱 軽め]
そう、あらゆるお膳立ては完璧だった。
ゲレンデの空模様は雲ひとつない快晴。チームわけのくじ運も上々。11位から20位への雪合戦招待状が届いたその日から、調整に調整をかさねてきた俺の肩も絶好調!今日という今日こそは、憧れの乱菊さんに良いとこみせる絶好のチャンス!!
九番隊副隊長、檜佐木修兵はそんな事を考えながら、にわかに築かれた雪の塹壕にひそみ、合戦開始の合図をいまか、いまかと待ちわびていた。
「ら、乱菊さん!」
「ナニ?」
振り返った妙齢の美女。のっぺりとした色のイモジャーにゼッケンといういでたちでも、完璧なプロポーションは隠せない。青空の下ふわりと風に舞った金の髪が、雪からの光を反射してキラキラと輝いて見えた。
「何かあったら俺が楯になって護りますから、、、ムチャはしないでくださいね?」
テンパっている内心を押し殺し、あえて低い声でささやいた修兵に、彼女はにこりと微笑んで見せた。
「アリガトv」
(よっしゃ!好印象ォーーーーーーッ!!!!!)
そして、開始の笛がなる。
あがりきったテンションそのままに、檜佐木は、いち早く戦闘の口火を切った。
狙うは敵軍。学生時代からの後輩吉良イヅル。雪壁の向こう側から、ちらちらとこちらの様子をうかがう顔面にがっちりと狙いを定め、大きく振りかぶり投げつけようとしたその瞬間、ちょうど真正面から目があった。と、吉良は蛇ににらまれたかえるのようにビクリと体を振るわせ、何かを叫ぶ。唇の動きからすると「ひい!鬼!!」と言ったようだが心外だ。
(俺は今、鬼じゃなくてスナイパーなんだよ!!さあ、後輩よ、、俺のために、、)
「死にさらせェェーーーーーーーーーーーッ!!!!」
渾身の力をこめた雪球は、一直線に空中を走りゴスンと異様に鈍い音を周囲に響かせて、吉良の顔面にめりこんだ。
(完璧だ、、、、、見てますか、乱菊さん?!)
ガッと振り返ると、片手に雪球をつかんだ彼女が、空いたほうの親指をぐっと立ててチャーミングなウインクをしてくれた。
「やるじゃない、修兵!」
「ま、肩ならしはすんだんで、これからってトコじゃないっすか?」
用意されたロケ弁も食べず、開始直前まで本気でウォーミングアップをしていたことなど微塵もかんじさせない余裕の笑みをつくってみせる。
(見ててください、乱菊さん!!)
修兵は内心ガッツポーズを決めながら、次の獲物を探すべくこっそり持参した双眼鏡を敵陣にむけてすっとかまえた。
第一投目以降、さすがに敵も警戒してそうホイホイ頭を出してこなくなった。こちらの人数が三人に対してあちらは四人。人数が少ないぶん時間がたてばたつほど雪だまのストックに差が生じることになる。しかし、急襲をしかけるにしても相手は白兵戦のエキスパートである砕蜂隊長、最強戦斗集団十一番隊のナンバーツー草鹿やちるを含んでいる。女子主体の和やかな見た目と裏腹に、完璧な武闘派混成チームだった。見た目、どれだけ人畜無害にみえようと、命を賭した実戦を日夜淡々とこなす彼女らを前にして、たかが雪合戦と侮ってかかるのは論外だ。その後も散発的な投げあいは続けたものの、一旦こう着状態にはいると、がっちりと防備をかためられ、どうにもこうにも攻めづらい。
「、、敵の動きが止まってますね。乗り込んでこられる前に、こちらから攻めて敵陣からおびきだしたらどうですか?」
開始当初から、一人、もの静かに黙り込んでいた現世人のメガネ(をかけた少年)が、ふいに口を開いた。
「まず、お二人で投手陣をバリケードの前におびき出していただけませんか。後ろに隙ができたころに、僕が遠距離から補給部隊をたたけば挟み撃ちになりますから、、」
そう言うと、彼はどこからともなく現れた西洋風の弓矢をすいと目の高さで構えた。
「飛び込むときも、できる限りの攻撃は僕が叩き落します」
「オッケー」
「座して死を待つよりは、、か。じゃあ、切り込み役は俺がやるんで、乱菊さんは、、」
「わかった、0.2秒後方から加勢するわ」
「おねがいします」
相手の戦闘配置を伺うメンバーの眼光が鋭く光り、雪球を握る手に力がこもる。
「、、、、、行きます!!」
檜佐木は、ダンッと大きく地面をけりあげ敵陣に向けて突っ込んでいった。
バシュバシュバシュ!!!
中空から飛来する雪影が、檜佐木の体に当たる前に飛散する。自分から買って出ただけあってメガネのサポートは精密だった。息つく暇なく攻め立ててくる砕蜂隊長の猛襲も、ほぼ半数以下に抑えられている。
「たいしたもんだ、、」
口中でつぶやきながら、ステップを踏んで攻撃をかわす。いくつかはあたっても、進行を妨げるほどの衝撃はなく、檜佐木は姿勢を低く保ちながらじりじりと敵陣への距離をつめていく。どうやら敵側の主力は砕蜂隊長のみで、もっとも恐れていたやちるの顔は雪壁の向こう側に見えない。しかし、休む間なく打ち続けられる攻撃はやっかいだった。注意してみれば、尽きない玉数の理由は吉良が作り、雛森が渡し、砕蜂隊長が投げる連携プレーにある。本当なら補給源になっている吉良を倒したいところだが、目標との間をあつい雪壁に阻まれて狙いを定めることができない。女子子供に手をだすのは檜佐木の趣旨に反したが、この際やむなしと雪だまの受け渡しを行う雛森の小さな手のひらに狙いを定めた。
「悪いな、雛森!!」
「ふわ!!」
心持軽めの投球は狙いどうり、今まさに補給を行おうとしている雛森のグローブをかすめ、掌にのった雪球を破壊した。もう一発、頭すれすれにけん球を投げつけて威嚇する。一瞬、相手の攻撃が緩んだ隙をついて、後退するそぶりをみせた。
「逃がさんッ!」
叫んだ砕蜂隊長がこちらの動きを封じるため、間髪いれず手持ちの雪だまをなげつけてくる。その球数は8つ。身のすくむような風きり音とともに飛来する氷のつぶては、まさに一撃必殺の凶器と化している。たとえガードで衝撃を受け流しても、接触部分はタダではすまされないだろう。けれど逆に言えば、これさえ防ぎきれば相手により強い精神的揺さぶりをかけられる可能性は高い。この際、できることなら後方からの攻撃をみこし、一瞬でも前方に注意をひきつけて、敵を浮き足立たせたかった。
(後ろにいる乱菊さんを護るためにも、、!!)
コンマ数秒、体の全神経を集中した双眼が、直線で飛来する物体をとらえる。
(、、3,2,1)
最後のひとつは、体をはってでも受け止めてみせる。その覚悟で踏みしめたハズの両足が、大きく宙にういた。
「なっ?」
ゴスッ!!!
顔面クリーンヒットォーーーーッ!!
(ええええええっ!?)
一瞬、何がおこったのかまったくわからなかった。横目で背後を振り返ると、修兵の襟首をぐいぐいと容赦なく吊り上げている腕の持ち主が、形の良い唇をゆがめてニヤリとわらった。
「歯ァ、食いしばんな!!」
「乱菊さっ、ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
盛大にパウダースノーを撒き散らし、檜佐木の体が砕蜂めがけて宙をまう。
「くるなーーーッ!」
「俺だってヤです!!」
「あははははは!!!」
紺碧の空の下、白いゲレンデに三人の声がこだまする。
「しゃらくさい!!」
まさに二人がぶつかろうとするその瞬間。砕蜂は渾身の力で、檜佐木の体に回し蹴りをくらわせた。
ドカ!!!
中空から垂直に蹴り降ろされた衝撃で、雪が舞いちり視界が真っ白にそまる。
「ホラホラホラァッ!!腰がひけてんのよ!かかってこいや、吉良ァーーーーーッ!!」
「ああっ!いたい!!雪玉がいたいです!!誰か、、、」
「吉良君!!今助けるから!!」
「あ!桃ちゃん、あたしの雪だるまとっちゃダメーー!!」
脳震盪だろうか。めまいで朦朧とする檜佐木の耳には、周囲の声がまるで遠くの出来事のように届いていた。ぐらぐらとゆれる視界にうつるのは、抜けるような青い空。そして、銀世界にキラキラと輝く彼女の豊かな長い髪。
そう、すべてのお膳立ては完璧だった。
天気もくじ運も、体のコンディションも。あとはいったい、ナニが悪かったんだろう。
檜佐木は薄れ行く意識の中、震える手で崩れた雪玉を握り締め、ひとこと「コンチクショウ」と、つぶやいたのだった。
あとがき
修兵兄さん、およびファンのみなさま、、、石投げるのはご勘弁を。すんませんすんません!!や!もうね!!24巻でおまけページを一枚、一枚読み進めるごとにクールな二枚目のイメージがガラガラと崩れていって、、、、、、、、、、気がついたら、こんなん書いてました。
きっと、ロケバスの中では行きも帰りも、修兵兄さんは乱菊さんの横には座れなかっただろうなと思います。
以上!!